思想荷重

押しつぶされし日々。

三毛猫とわたしと九月六日


このところずっと読書の話題ばかりなので、

今日は少し違うお話を。

 

うちには猫がいる。

三毛猫のミナ。

 

去年のある春の日に、

当時小学三年生の次男の後をついて、

家の前までやってきた。

 

仕事帰りの電話で夫から

「家の前に猫がいる!」と聞いていたけど

すぐにいなくなるだろうと思っていた。

その電話の一時間ほど後に帰宅すると、

まだいた。

年齢不詳の三毛猫。薄汚れて痩せていた。

 

耳がカットされていたので、

避妊済みのメス猫というのは

一目でわかったけれど、

それ以上の情けをかけることは

いけないと思って

どこかで幸せになってくれることを

静かに祈る他なかった。

 

翌朝の出勤時には姿が見えなかったので、

縄張りにでも帰ったのだろうと思っていたら

夕方にはまた家の前に戻ってきた。

 

餌をあげるでも撫でてやれるでもないのに

ミャーと鳴く猫を見るのはとても心が痛い。

うちには犬もいるし、

どうしてやることもできない。

この辺りは住宅地で、

猫の糞に困っている近隣住民の声も実際に聞いていたし

尚更無責任なことはできない。

 

それでも翌日、そしてまたその翌日と

我が家の前でリラックスしている猫。

ある日などは近所の中学生の女の子の膝に

丸まって寝ていた。

聞くとどうやら

人懐こいで有名な地域猫らしい。

しかもミナという名前まである。

三毛猫だから、ミナ。

なんてことだ。

 

そうしているうちに夏が訪れた。

連日の猛暑。

相変わらず家の前で横たわっている。

厳密には我が家の車の下にいる。

こんなに暑いのに、ガリガリで。

水は飲めているのか?

いつも夜は居なくなるけど、

ご飯は満足に食べられているのか?

さすがに心配になって裏口から家にいれた。

裏口を開けて「ミナ」と呼ぶと

ミャーと鳴いて、前からそうしてましたよ、

という感じで入ってきた。

まるで「ただいま!」のミャーだった。

悪い心を持った人もいるというのに!

なんだこの猫は!もっと人を疑え!

もうこの時点でうちの猫になることは

確定していた。

 

そこからずっと我が家の猫様として

存在感を増し続けている。

丸々としたお姿を惜しみなく披露して

意味不明なしっぽの擦り付けで翻弄してくる。

我が家の壁紙を剥がし、

その横で液体のように横になっている。

気分により声色を変えて

家の中をストーカーしてきたり

午前五時に体の上に飛び乗ってきて

目の前でミヤッと短く連呼してみたり

わけのわからないタイミングで

こちらを凝視してきたかと思えば

名前を呼ぶと無視を決め込んで

そそくさとどこかへ行く。

なんてやつだ。

 

正直に言おう!

わたしは猫は好きだが断然犬派だ!

そしてもし、猫を飼うのだとしても三毛猫ではなく

茶トラがいい!オスの人懐こくて大きな茶トラが!

三毛猫ではない!決して!

 

なのに!

 

この三毛猫様に翻弄されている

自分を否定できない!

 

嬉々として

チュールなぞを差し上げている自分を俯瞰で見ると

おかしすぎて笑えてくるときがある。

午前五時に「はいはい」と返事をしながら

餌をあげてる自分も

壁紙の剥がれた壁を撫でながら、

「派手にやりましたねぇ」などと

叱るでもなく呟いている自分も、おかしい。

 

そして常々思う。

こやつ、いつから気が付いていたのだろう。

この家族、チョロいぞ、と。

ここに居座ってたら

いつかは家に入れてくれるはずだぞ、と。

きっと息子から

何かしら漏れ出していたのだろう。

鋭いなぁ、猫。敵わない。

 

先住犬とは幸い仲良くやっていて、

犬の性格がもともと穏やかなのも功を奏して

犬と猫のなんとも幸せな構図の広がるリビングを見るのは

今ではわたしの大事な幸福の瞬間のひとつになっている。

 

猫も猫で絶対に人や犬に対して

爪を出さないので

その辺の最低限弁えていますよ、

という姿勢も意地らしく愛らしい。

まさかこれも計算…?

だとしたら恐ろしいけど。

 

名前をミナから改名しようかなと

何度も思ったけど

夏目漱石の家の猫は

「名前はまだない」状態で居続けたらしい

そんな話を聞いて、

「うちでの名前はまだない」状態でいいか、

そんな変な理屈で名前はつけないでいる。

 

今は靴下を入れている衣装ケースに入って眠るのがお気に入り。

入るときにスペースがないと

靴下を床に落とすのよね、

それを無言で片付けるのが

わたしの毎朝のルーティン。

いつまでも元気で、

末永くお世話を続けさせてもらいたい。

 

そうそう、

うちの前には迷い犬まで迷い込んできた。

チラシで見てた、柴犬の迷い子。

それも土曜日の早朝、

旅行に出発するその日の朝に。

いろんなところに電話して

すったもんだしたそのお話はまた後日。

 

それでは、おやすみなさい。